フェムトマガジン(元isologue)(第639号) 上場前後の資本政策(2021年6月その4)
今週も、2021年6月に上場した会社の資本政策を見てみますが、その前に雑談。
●『竜とそばかすの姫』と、LLP(有限責任事業組合)
不肖わたくし、細田守監督ファンなので、弊社(フェムトパートナーズ)の名刺にも、監督が「成長」のシンボルとして使われる入道雲を配しているのですが、その細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』、見て参りました。
作品の内容は(私はもちろん大変気に入っているのですが!)さておきまして、一つ注目したのが、「スタジオ地図有限責任事業組合・日本テレビ放送網 共同幹事」という体制のところ。
●製作委員会と組合
ご案内のとおり、日本の映画製作においては、「製作委員会方式」が使われることが多く、この委員会に、映画を制作する会社、広告代理店や出版社、コンビニ、商社などが出資をし、収益を分け合っています。この製作委員会は、一般には「民法上の組合」が使われることが多いと言われています。
(ただし、数年前にメジャーな作品の製作委員会の組合員の会社の人に聞いたところ、「契約書は非常に素朴で、『民法上の組合である』とも明記されてないんですよ」とのこと。)
「社団」「会社」が「多細胞生物」のようなもので、関係者(出資者)が有機的に結合し、独立して活動する存在であるのに対し、「組合」はもうちょっと原始的な「群体」のようなもので、関係者が集まって「何かを一緒にやろう」と言ってるけど、その組合自身が独立して活動するまでの存在にはなっておらず、あくまで組合員の寄り合いである、といったイメージのものです。もちろん、法的な人格(法人格)もありませんので、その組合自体が権利義務を負うのではなく、組合員の誰かが(「組合代理」として組合のために)契約等を行うと、その効果は各組合員に直接及ぶ、ということになります。
この当然の結果として、組合に対しては法人税は課税されません。なぜなら「代理」の効果は「組合」ではなく「組合員」に直接及んでいるので。言い換えると、「法人税法」から見たら、組合などというものは存在せず、各組合員がバラバラに存在するだけということになります。ただし、組合がオフィスや従業員や什器備品・設備などを持つなどして、「社団」としての性格が強まると、法人として課税される可能性は出てくると考えられますので、ご注意を。
各組合員は、組合から配賦された損益と他の損益をまとめて、各組合員それぞれが所得税や法人税等を納税する(当然に「パススルー」となる)ということになります。
民法上の組合は、民法第二章(契約)の第12節に30条弱の条文でさらっと書かれているだけですが、これがベンチャー投資で用いられる投資事業有限責任組合(LPS)や、そのGP(運営者)の分配に用いられる有限責任事業組合(LLP)などの法律でも準用されています。
経済産業省は、こうしたコンテンツ製作に、有限責任で共同事業を行うことができる有限責任事業組合(LLP)の契約が使われることも想定していたようですが、現実の製作委員会には、あまり使われてない気が(個人的には)していたので、今回『竜とそばかすの姫』にLLPが用いられていると知って、「おっ!?」と思いました。
(ところが後述のとおり、このLLPは、今回の『竜とそばかすの姫』のために作られたわけではなく、前々作『バケモノの子』(2015年)の時にはすでに存在していました。世界でもおそらく数人しかいないであろう細田守&LLP両方のファンとしては、気づかずに、お恥ずかしい限りです…。)
●「株式会社地図」とは
細田監督の会社は、一般的に「スタジオ地図」と呼ばれてますが、法人の名称(商号)は「株式会社地図」です。
日本テレビの番組「笑ってこらえて」で、この映画の制作過程の密着取材をしていた通りですが、登記簿を拝見すると、この「株式会社地図」の代表取締役は齋藤夫婦(2名)で、細田監督は代表権のない取締役です。(代表取締役になると自宅住所が登記簿で公開されてしまいますので、そうした配慮もあるのかもしれませんね。)
この「株式会社地図」は、平成23年(2011年)に設立されて以来ずっと、この齋藤夫婦の自宅の住所が本店所在地でしたが、平成31年(2019年)に、現在の荻窪駅前(注:どうでもいいかもですが、私の育った地元です)に本店を移してます。
●「スタジオ地図LLP」とは
一方、スタジオ地図LLPは、平成26年(2014年)に設立された時から、現在の荻窪駅前の住所でした。
最初の名称は、なんと「日本テレビ・スタジオ地図有限責任事業組合」と日本テレビの名前が入っており、組合員は、
株式会社地図
日本テレビ放送網株式会社
の2社でしたが、平成30年(2018年)に、
株式会社KADOKAWA
が組合員として加わるとともに、組合の名称から「日本テレビ」が削られて、現在は「スタジオ地図有限責任事業組合」となっています。(日本テレビは組合員として入ったままです。)
今回の『竜とそばかすの姫』は「スタジオ地図有限責任事業組合・日本テレビ放送網 共同幹事」とあるので、このLLPが、他の映画における「製作委員会」の位置付けというわけではないのかもしれません。
このスタジオ地図LLPに、日本テレビも組合員として入っているので、収入等の分配だけなら、このLLPだけでもよさそうですが、上述のとおり、組合の名称から「日本テレビ」が抜けてしまったので、「日本テレビもちゃんと関与してますよ」ということを世間に示すためには、「スタジオ地図有限責任事業組合・日本テレビ放送網 共同幹事」という書き方にしたかった、といった感じでしょうか?
●製作委員会にLLPを使う「課題」
スタジオ地図LLPの登記簿の「組合員・清算人に関する事項」の項目を見ると、以下のとおりとなってます。
上記のとおり、株式会社地図の本店が荻窪駅前にすでに移転してるのに、まだ住所が齋藤夫婦のご自宅(登記簿には記載されていますが、上記では消してあります)のままで、新しい荻窪駅前の住所になってないですね。(これは「登記懈怠」にあたるので、あまりよろしくないですよね?)
もう一つ、法人の職務執行者の住所も出て来てしまいます。(これも消してありますが。)
製作委員会の場合、かなりの大企業が参加することが多いので、職務執行者には、そうした日本テレビやKADOKAWAなどの代表取締役ではなく、実際にその映画の製作を担当する人(またはその直属の上司あたり?)がなるのが実務的じゃないかと思いますが、それだと、(あまり誰も興味持たないかもしれませんが)その担当者の自宅住所が公開されてしまうわけですね。
ベンチャーキャピタルのGPのストラクチャーにもLLPが利用されますが、その場合、登記される組合員(パートナー)は、代表取締役に匹敵する役職なので、自宅住所が公開されても、「まあしゃーないか」という気もしますが、「映画作るだけなのに、従業員の自宅住所が公開されちゃうの?」というのは、ちょっと抵抗感あるかもしれませんね。
ということで、私個人的には今まで、「LLPは、法人税の申告書も作らなくていいし、登記の登録免許税も、たった6万円なので、有限責任になると思えば超安いのに、なぜ製作委員会でLLPを使わないんだろう?と思ってたんですが、
・組合員や職務執行者が変わったり、住所や名称が変更になるたびに登記が必要
・法人組合員の職務執行者(担当者)が単なる一従業員でも、その自宅住所が登記で公開されてしまう
・製作委員会の参加者は通常、有名な大企業が多いので、万が一債務超過になるようなことになったとしても結局、全組合員で負担するしかないし、その余力も十分にある企業ばかりなので、有限責任にする意義に乏しい
と考えると、コンテンツ製作に関わる方々にとって、製作委員会にLLPを使うメリットはあまり感じられないのかもしれません。
一方で、映画というコンテンツが、登記もされない民法上の組合で、多数の組合員の共有(合有)になっているという状態は、各所でも問題として指摘されていますので、もし今回のこの『竜とそばかすの姫』のコンテンツが、比較的少数である3社で保有されているとすると、コンテンツ管理としては、よりよい状態と言えるのかもしれません。ただし、ネットの記事等では、このLLPは「映画から派生する事業プロデュースを手掛ける」といった書かれ方をしていて、このLLPが映画そのものの権利を持っているのかどうかは、よくわからない感じです。
●製作委員会そのものの「課題」
前述のメジャーな製作委員会に参加していた企業の人は、「製作委員会の契約はシンプルで、資金を出した比率で利益を分配するだけ」と言ってました。
この『竜とそばかすの姫』が具体的にどうなっているは、個別の契約書の中身を見てみないと、登記簿だけではわかりませんが、もし仮に出資比率のみで利益を分配することになっているとすると、資金力のある大企業が有利で、作品を作るクリエイターにとっては不利かもしれません。(もちろん、投資元本を回収したあとは、クリエイターに厚めの分配が行われる契約になっているかもしれません。)
スタートアップも、数十年前の昔(米国だとフェアチャイルド・セミコンダクターなどの1960年代以前)は、出資者がエラくて、創業者であっても株式を持てない時代がありました。スタートアップに資金を出す人の数が少ない時代には、「金出したやつが、それに比例して分け前を得るのが当然だろう?」という論理が通っていたわけですが、投資家の数が増えて、「起業家は(出資金額は小さくても)価値がある」という認識が高まってきた昨今では、創業者は非常に小さい額の出資しかせず、外部の投資家が数億円、数十億円といった資金を出資しても、3割とか6割とか、数十%規模の株式を持ったままにできるようになってきているわけです。
同様に、コンテンツ制作の世界でも、スターウォーズや、エヴァンゲリオン新劇場版のように、監督等が権利を全部握っている「自主制作」で成功しているのを見ると、スタートアップの世界で起こった力関係の変化がコンテンツの世界でも徐々に進んでいくし、「製作委員会は、歴史的に見て過渡的な形態だった」ということになるのかもしれませんね。
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では、以下、本題の2021年6月に上場した会社の資本政策です。
今週は、
HCSホールディングス
ベイシス
セレンディップ・ホールディングス
日本電解
の4社を見てみます。
ご興味がありましたら、下記のリンクからご覧ください。
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