フェムトパートナーズ メンバーインタビュー⑥ 小野瀬宏 ついに始まる「公正価値」
小野瀬 本日はよろしくお願いいたします。
日本でもようやく未上場株式の公正価値評価が始まることになりましたね。
磯崎 はい。フェムトも、これを義務化から1年前倒しで導入しようと、小野瀬さん中心に、日本の実情を踏まえ、かつ「なるべくシンプルに」を心がけた評価モデルを構築してもらいました。
本日は、公正価値評価の「大枠」をディスカッションしていければと思いますが、まずその前に、小野瀬さんの簡単な自己紹介をお願いできますか?
小野瀬さんは公認会計士で監査法人でアドバイザリー業務、総合商社で事業投資に従事していましたが、海外経験もあるんでしたよね?
人生の岐路に、いつもバスケットボールがあった
小野瀬 はい、5~10歳まで米国ロサンゼルスに父親の仕事の関係で住んでいて、小学4年生から日本で生活しています。
磯崎 5歳だと、英語がわからなくても遊んでるうちに友達ができる感じですか?
小野瀬 そうですね、私は子供の頃から今までずっとバスケットボールをやっているんですが、子供の頃も、バスケットボール通じて、言語の壁を越えて友人ができたという体験があります。現地のYMCAが運営しているジュニアチームにたまたま所属することになって、バスケを始めました。
磯崎 2016年にもKPMGの米国現地法人で働いてたんですよね?
小野瀬 はい。赴任したオハイオ州コロンバスでは、現地に日本人はほとんどいなくて、休日はジムに行って体育館でバスケットボールをしてました。その際にやはりバスケットボールを通じて何人かと仲良くなり、飲みに行ったり自宅に招待してもらったりする仲になりました。
磯崎 バスケで友人ができるというのは、具体的にはどんな感じで仲良くなっていくんですか?
小野瀬 最初は全然パスくれないんですよ(笑) 言語の壁もあるので、実際なかなかコミュニケーションを取り始めるのは難しかったです。
でもピックアップゲームをしていく中で、シュートを2、3本決めると、「この日本人、ちょっとできるな…」みたいな感じで認めてくれるんです。そこから急にパスくれたり、試合の後に話しかけてくれたり、良いプレイをしたらお互い褒めたりと、徐々にコミュニケーションを取っていく流れで、楽しかった。
バスケでも仕事でも、そうやって徐々にリレーションを構築していくことを心がけています。
磯崎 それ、ぜひ井上雄彦先生に短編アニメ映画とかにしてほしいですね(笑)
小野瀬 (笑)
磯崎 今はどういったチームでバスケをやっているんですか?
小野瀬 社会人になって関東実業団チーム(現地域リーグ)に数年所属して、今年は千葉県の社会人クラブに所属させてもらってます。メンバーに恵まれ先日、全日本社会人バスケットボール選手権の千葉県大会で優勝しました。このあと、関東大会で勝って、全国大会に進みたいです。もう36歳で決して若くないので、若手についていけるよう頑張ってます。
磯崎 でも、レギュラーで出場して、千葉県で優勝したってことですよね。36歳って、同じチームや対戦相手の中でも、年齢は高いほうじゃないですか?
小野瀬 ほぼ最高齢ですね(笑)
公認会計士になったのもバスケがきっかけ
磯崎 それって、かなりすごいことですよね!小野瀬さんは公認会計士試験を大学在学中に合格したそうですが、なぜ公認会計士を目指そうと思ったんですか?
小野瀬 実はそれもバスケ繋がりです。大学の部活の先輩が公認会計士試験に合格したので、話を聞いてみて、自分もそうした専門性を高めて研鑽するのが向いてるんじゃないか、と思ったのがきっかけです。
自分は、バスケもそうですが、幅広くやるより、集中して一つのことに取り組むのが得意な傾向にありました。今は公認会計士をベースに仕事の幅が広がっており面白さを感じてますが。
磯崎 今まで小野瀬さんのことは「公認会計士資格のある投資家で、バスケも得意」くらいの認識でいたんですが、今日話を聞いてみると、どちらかというと「バスケ選手が投資をやっている」感じで、バスケがいろいろな人生の節目や幹になってる気がしますね。
では、本題の公正価値評価の話に入りましょうか。
現在、日本でもようやく公正価値評価が導入されようとしていますが、まずは今の日本の現状について、概要をお話いただけますか?
日本における未上場株式評価の概要と現在地
小野瀬 はい。日本を除く世界の多くの国では、IFRS(国際財務報告基準)やIFRSに近似した現地基準、又はUS GAAP(米国会計基準)を採用していて、非上場株式についても公正価値評価を適用しています。
株式等の公正価値評価とは、主に投資した資産を「時価」でB/S計上することで、「時価」の定義としては「算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格」となっています。
磯崎 その時価(公正価値)の定義は初めて聞いた方にはややこしいと思うので、まずその定義をしっかり理解しておきたいんですが、具体的にはどういうことですか?
小野瀬 はい。具体的にはまず、期末などの「算定日」においてその株式などを取引をする「市場参加者」を想定します。例えば、売り手がそのVCファンドとして、その株式等を買うのは日本の事業会社なのか、別のVCファンドなのか、といった買い手を想定します。その市場参加者の間で「秩序ある取引」が行われると想定した場合の、その取引における価格が「公正価値」ということになります。
磯崎 つまり「秩序ある取引」なので、例えば、VCファンドの期限が近づいていて売り急いでいたり、「まとめて大量に買ってほしいのでボリューム・ディスカウントをされても仕方ない」というような場合の価格は、公正価値には当てはまらない、ってことですね。
これまで日本では非上場株式についてどのような処理がされてきたのですか?
小野瀬 日本では多くの金融商品は「時価」で評価することになっているのですが、非上場株式については「市場価格のない株式等」として「取得価格」をもってB/S計上する旨が「金融商品に関する会計基準」で定められています。
つまり、日本のGAAP(一般に公正妥当と認められる会計原則)では未上場株式は公正価値では評価されていません。
未上場株式の評価も含むIFRS第13号「公正価値測定」が出たのが2011年なのに対し、日本のVCファンドでは1998年に「中小企業等投資事業有限責任組合契約に関する法律」が誕生した時から投資の「時価」評価を認めていたので、ある意味日本はすごく先進的だったのですが、だからこそ旧会計規則は日本のGAAP(一般に公正妥当と認められる会計原則)には当たらない整理となっていました。
具体的には、「時価」で評価したファンドの決算数値は、日本のGAAPを採用する上場企業の決算に、そのままは取り込めないので、せっかく時価で評価しても、わざわざ取得価格ベースに引き直す必要がありました。
ファンドの会計監査報告書も、上場企業のような「一般に公正妥当と認められる会計原則(GAAP)に準拠している」ではなく「(GAAPでない)会計規則とファンドの契約書に準拠して作成されている」という記述になっていました。
磯崎 未上場株式が公正価値評価されない中、ファンド(投資事業有限責任組合)だけはがんばって先進的に時価評価しようとしてきたけど、日本の会計の世界では、ずっと「はみだし者」として扱われて来たわけですね。世界では既に未上場株式についても「時価(公正価値)」評価の方が主流になっていたにも関わらず……。
小野瀬 日本の会計基準とIFRSとの基準差異はもちろんまだありますが、日本においても「時価の算定に関する会計基準」が2021年度より施行されたように、グローバルな公正価値評価概念を取り入れようという動きはあります。しかし、そうした日本の会計基準をIFRSに歩み寄らせる「コンバージェンス」の取り組みが進められているものの、M&A等で発生する「のれん」の処理の相違と並んで、未上場株式等を公正価値評価していない部分は日本独自の基準として残ってしまっていた状態といえます。
磯崎 実際、過去何度か「日本でも未上場株式を公正価値評価するのをGAAPにしよう」という動きはあったにも関わらず、その度に、主に経済界の反対によって、廃案になってきたという歴史があります。日本の上場企業が保有する未上場株の大半は、子会社や関連会社を除くと、政策的に保有する「持ち合い」の株式が多いので、「そんなものを時価で評価しても、手間がかかるだけで意味がない」という理由だったと言われてます。一般的な上場企業にとっては、これまでスタートアップの株式は、重要性が低いものだったわけですね。
小野瀬 なるほど、しかし多くの上場企業と違って、VCファンドの資産はほとんどが未上場株式です。
単純化した例ですが、例えば2億円を投資して10%の株式を保有している会社(企業価値20億円)が、もし企業価値1000億円の「ユニコーン」になれば、その株式は100億円の価値になるはずです。
2億円か100億円かでは、見え方が全然違います。
英国のオルタナティブ投資の情報提供会社Preqinが世界中の投資家に情報提供しているのですが、日本は会計基準が異なり、ファンドのパフォーマンス(運用成績)の比較には適さないということで、今まで日本のファンドについてはパフォーマンスが全く世界に発信されていなかったようです。つまり、VCに投資する世界の機関投資家からは、日本は「暗黒大陸」に見えていたわけです。しかしその「暗黒大陸」が、最近になって変わって来ているのではないかと思います。
磯崎 はい。日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)も長年、公正価値評価を啓蒙してきましたし、Preqinと組んで「国内VCパフォーマンスベンチマーク」を発表してきており、その第6回の2024年版では、我々フェムトの1号ファンドも日本1位のパフォーマンスの評価をいただくことができました。
また、特に岸田政権になってから、日本政府が海外に対して「日本のVCファンドは、意外にパフォーマンスいいよ」ということを広報していただいたので、遅ればせながら、日本のファンドについても国際的にも最近、注目は高まって来ているようです。
ファンドの会計基準についても、昨年大きな動きがありましたよね?
日本でも未上場株式の公正価値評価が始まる
小野瀬 はい。ファンド(投資事業有限責任組合)は、1998年以来「中小企業等投資事業有限責任組合会計規則」に基づき会計処理をしてきましたが、この旧会計規則が2023年12月に廃止され、新たに「投資事業有限責任組合会計規則」が施行されました。2024年10月以降に開始する事業年度以降は、組合が保有する投資資産を原則として公正価値により評価することが義務づけられています。
これだけではまだ、ファンドの会計は「GAAP」ではないのですが、2024年9月にASBJ(企業会計基準委員会)により金融商品会計に関する実務指針(案)が公表され、VCファンドの投資持分を時価評価して企業が取り込めるような会計基準の改訂が着手されました。
ASBJで会計基準として認められると、やっと「GAAP」ということになり、晴れて、一般の上場企業の財務諸表にも、ファンドの株式を「時価」のまま取り込めるようになるのではないかと思います。
磯崎 上場企業の人も、保有している株式が2億円でなく100億円と評価される方が嬉しいと思うんですよね。
スタートアップの投資というのは、実際に企業が成長してIPOやM&Aで利益が出るまでには何年もの歳月がかかるので、取得価格での評価だと、経費や減損で赤字が何年も続くといったことになります。
つまり、大企業でスタートアップ投資をしている担当の人は、今まで会計上の数字で評価されるのは難しかったわけで、結果として、スタートアップに力を入れている一部の企業を除き、スタートアップの担当部門の人気も相対的に低かったり、第一線級の人が配属されなかったり、実質すごい成果をあげているのに「え、なんで?」というような部署に担当者が配置換えになる、といった事例も多く見かけました。
スタートアップ株式の公正価値評価の流れは、単なる会計の数字の変更ではなく、日本企業の社内の評価の仕組みや人材配置の流れを変え、経済の活性化につながるんじゃないかと思います。
小野瀬 現在、スタートアップには年間1兆円弱の資金が投下されており、仮に上場企業のバランスシートにこれらの株式の2年分が載っているとして、それが海外のように公正価値で評価されるとなると、仮に2倍に評価されるだけで、極論日本全体の資産が2兆円多く表示されるわけですから、経済全体にとってもプラスじゃないかと思います。
磯崎 公正価値評価をきっかけに、スタートアップへの投資も、これからますます盛り上がっていくといいですね!
(続きます。)