
「スタートアップ型MBO」とは?大企業から飛び出す新たな成長戦略
本件記事担当のフェムトパートナーズの山田です。
今回取り上げる「スタートアップ型MBO」は、MBOする経営陣にとっては、自分でスタートアップを立ち上げたのと同じような(例えば株式の議決権の過半数以上を持つような)株式構成にできる点もあるのが魅力になると思います。
(また、立ち上げ初期のスタートアップのような、ビジネスモデルもまだ安定していない状況だと、そうした資本構成でなければ、それ以降の外部の投資家からの投資も受けにくくなります。)
事業会社内で、将来MBOを目指す経営陣の方には、特に参考になるかと思いますので、ぜひご覧ください。
1. はじめに
昨今、MBO(マネジメント・バイアウト)が注目を集め、ニュースを目にする機会が増えています。
この1-2年でも、セブン&アイ・ホールディングス、ベネッセ、大正製薬など、数千億円から兆円単位のMBO案件が話題となっています。
今回のnoteで取り上げるのは、そういったMBOとは異なる「スタートアップ的な」MBOになります。
詳細は以下でまとめていますが、主にノンコア事業や先行投資が必要で当面赤字が見込まれる事業を、当該事業を運営するグループ会社の経営陣が、スタートアップとしての独立・急成長を目指して取得するものです(以下、決まった名称があるわけではないですが、便宜的に「スタートアップ型MBO」といいます)。
私の所属している独立系VCのフェムトパートナーズでは、過去、この「スタートアップ型MBO」の支援を手掛けてきました。
以下が、主な支援事例になります。
(【】内が元のグループ会社)
株式会社スカイマティクス
【三菱商事/日立製作所】
株式会社DROBE
【三越伊勢丹/BCG】
ゴウリカマーケティング株式会社
【コニカミノルタ】
また、昨年、この領域で実績を持つ東大IPC様と共同で、「カーブアウト・MBO スタートアップ勉強会」を実施しました。
70名超の方に当日参加いただき、関心の高さを実感しました。

このように、スタートアップ業界にも関連したMBOの実例が出てきて、関心の高まりを感じていますが、実際に従来のMBOとどのように異なるのか、その概要や特徴、メリット・デメリットについて、自身の整理も兼ねてnoteにまとめてみたいと思います。
2. スタートアップ型MBOとは
(1)MBOとは
まず、「MBO」の定義の確認です。
MBOとは、「既存経営陣など内部者が新会社に相応の割合の出資を行い、それが事業部門や子会社、あるいはそれらを含むグループそのものを買収する行為」
これと似たような言葉に、「カーブアウト」があります。
カーブアウトとは、「企業が…戦略的に自らの技術や事業の一部を外部に切り出すこと」
このように「MBO」と「カーブアウト」は、切り出す側と買収する側からそれぞれ捉えたもので、表裏一体の関係にあるともいえますが、フェムトは経営陣と会社の成長を応援する側として、経営陣が主体となる「MBO」という言葉を選んでいます。
なお、企業に埋もれた技術、人材を独立させ、外部資本や経営資源を注入することで、新たな事業を起こし、あるいは事業の成長を加速させる「イノベーション型カーブアウト」(「カーブアウト型M&Aの実務」荒木隆志 著)という表現もあり、事業会社を主体に考えた場合は多くの場合これに分類されるかと思います。
また経済産業省の「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」では、「スタートアップ創出型カーブアウト」(事業会社が自社組織の限界により事業化できない技術を事業化するために、事業会社とは別の法人を創設すること)や、「起業家主導型カーブアウト」(その中でも事業会社の従業員など社内外の起業家が主導するもの)といった用語も用いられています。
経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」
https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240426003/20240426003.html
(2)MBOの類型
また、MBOにはいくつかの類型があります。
①ダイベストメント型
国内法人あるいは海外法人が、ノンコア事業や不採算事業を売却しようとする際、事業部門、もしくは子会社の経営陣が独立を目指して実施するもの
②事業承継型
家族・創業者企業が事業承継の困難に直面した際、事業継続を希望する内部者の手によって行われるもの
③非公開型
抜本的な経営戦略の転換や長期的視野での経営を実現するため、株式市場からの退出を選択するようなもの
④事業再生型
当該企業(あるいは親会社)が経営破綻し法的手続きに入った際、雇用の維持などを目的として実施されるもの
⑤第2次バイアウト
バイアウト・ファンドから経営陣が(場合によっては別のファンドと組んで)株式を引き取ることによって行われるMBO
スタートアップ型MBOは、他の類型もありうると思いますが、フェムトの現在までの実績では①ダイベストメント型のケースが多くなっています。
(3)スタートアップ型MBOの特徴
MBOの定義と類型の確認をしたところで、今回のテーマであるスタートアップ型MBOの特徴について考えてみたいと思います。
スタートアップ型MBOは、あくまでスタートアップとしての急成長を目指すものであり、「スタートアップ」の特徴を備えていることが重要な要素になります。
以下の通り、過去の実例も踏まえて、いくつかの観点から特徴を考えてみたいと思います。
a. 対象事業
通常、いわゆるノンコア事業や、先行投資が必要で当面赤字が見込まれる事業。コア事業は親会社が切り離すことは期待しにくく、ノンコア事業でも既に大きな利益を生み出しているような場合は、経営陣が大きな株式の割合を持つことになるスタートアップ型MBOは期待しにくい。
多くのケースでは、事業は立ち上げフェーズにあり、売上の規模は〜数十億円、valuationは〜数十億円、調達額は数億円程度に留まり、前述した買収総額が数千億円から兆円単位になる一般的なMBO案件とは規模感が異なる。
b. 経営陣
大企業の社内ローテーションの一環で(しぶしぶ)子会社管理を任されていたようなメンバーではなく、「自ら事業の立ち上げや運営に関わってきた」「当人がいなければ今後の事業運営や進捗に期待ができない」「会社に依存せずに社外に飛び出してでもやり切る強い意志を持っている」等、スタートアップの経営者的な要素を持つ。
c. 外部投資家(VC等)の参加
元々資金が潤沢にあるといった事情がない限り、一従業員である経営陣が株式取得及び事業運営資金(最低でも数千万円)を準備することは困難。
仮に株式取得費用は捻出できたとしても、通常赤字の事業のため融資を受けることが難しく、事業運営には外部投資家(VC等)からの資金調達が必要。
d. 資本政策
当該経営陣の親会社に対する交渉力や外部投資家の意向等によって、経営陣の持分は変わりうる。
経営陣が過半数を持つ場合もあれば、親会社が過半数を持って経営陣には一部持分(SO含む)が付与されるケースもある。ただし、親会社が過半数やそれに類する持分を保有する場合、資本政策を理由にVCからの調達が難しくなる可能性があることは、留意する必要あり。
※フェムトでは、将来の資金調達の成功確率を高めること及び起業家にとって望ましいインセンティブを設計するため、アーリーステージのスタートアップとして一般的な経営陣の比率(少なくとも過半数以上のシェア)になるような設計をしています。
(4)スタートアップ型MBOのメリット
ここからは、スタートアップ型MBOのメリット・デメリットについて考えたいと思います。
あくまで一般論としての整理で、親会社のシェア等によっても変わるものですので、すべてのケースに該当するものではないものとして、参考程度にご覧ください。
a. 事業会社
(a)収支の改善
ノンコア事業や赤字が続く事業を連結対象から外すことができ、コア事業に集中できるようになる。今まで発生していた管理コストも低減するため、収支が改善する。
(b)事業・採用への好影響
ノンコアや赤字で今後継続が難しかった事業が存続できることで、自社との協業や取引が生まれる可能性。また、独立・MBOに理解のある企業として、より優秀な人材を採用で惹きつけられる可能性。
(c)経済的リターンの享受
MBOした企業が成長し、上場やM&Aすることによって、キャピタルゲインが得られる可能性。
b. 経営陣
(a)スピーディーな意思決定や負担の軽減
大企業の連結対象から外れ、内部での負担の重い報告義務や制約が課されなくなることで、よりスピーディーな意思決定が可能になる。事務的な負担が軽減され、本質的な事業に集中しやすくなる。
(b)採用への好影響
柔軟な採用活動が可能となり、今まで採用しにくかった優秀な人材を採用しやすくなる。
(c)既存アセットの活用
一から事業を立ち上げ直す必要がなく、今までの取引先や人材等のアセットをそのまま活用できる。
(5)スタートアップ型MBOのデメリット
a. 事業会社
(a)議決権比率が低下し、経営コントロールが及ばなくなる
議決権比率の低下により、役員の選任・解任といった重要な事項に関する経営コントロールが及ばなくなる可能性。
※フェムトでは、株主からそれぞれ異なる意見を言われて、経営陣が不要な労力や精神力を使ってしまうことを避けるため、親会社のコントロールが及ばなくなる15%未満の持株比率でお願いしています。
(b)経営陣や社員がグループ外に出てしまう
事業を推進してきた優秀な経営陣や社員が、MBOによりグループ外に出てしまうことになる。ただし、当該経営陣や社員が退職して完全にグループ外に出てしまうよりは、一定程度の関係性を維持できる。
(c)ノウハウや特許等がグループ外に出てしまう
自社グループ内で当該事業に関連して保有していたノウハウや特許が、グループ外に出てしまう。ただし、そうした特許がもし本当に親会社にとって重要なのであれば、MBOそのものが成立しないと考えられる。
b. 経営陣
(a)一定の自己資金が必要になる
MBOにあたっての株式取得(譲受または新株発行の引受)にかかる資金が、ある程度必要になる。
※フェムトでは、RS(リストリクテッド・ストック)の活用により、自己資金が潤沢でなくてもマジョリティを取得できるような設計を提案しています。経営陣が借金等の負債を負うと、急成長ではなく、小さくまとまったリスクのない経営を望むことになりがちで、フェムトとしては、経営陣の負担のないことが重要と考えています。
(b)親会社からの支援やサポートが制限される
親会社の持つ豊富なリソース(営業ネットワーク、ITインフラ、人員等)が利用できなくなる、または制限される可能性があり、コスト負担が増加する。
(c)親会社のブランドがなくなり、採用や取引に影響が出る
親会社が大企業であった場合、そのブランド力で採用していたメンバーの退職や、取引先との取引に影響が出る可能性がある。
(6)スタートアップ型MBOの実践
では、実際にどのようにこのスタートアップ型MBOを実践するのでしょうか。
各事案によってケースバイケースな部分もあり、ここでは深入りしませんが、弊社パートナー磯崎の著書「増補改訂版 起業のエクイティ・ファイナンス」の第6章に、全体像が詳しく記載されていますので、ぜひそちらをご覧ください。第5章のリストリクテッド・ストックもMBOに活用しています。
(7)スタートアップ型MBOの実務を通した感想
ここでは、表面的な整理だけでなく、実際に私個人が実務を通して感じた点も参考になるかもしれませんので、何点か触れておきたいと思います。
a. 実行までに時間がかかる、経営陣の負担が大きい
MBOを実行するまでの時間軸として、外部の投資家(VC等)に初回相談をしてから実施まで問題なくスムーズに進むケースは稀。場合によっては1-2年かかる。経営陣への負担が大きく、リソースを割かれる。今まで親会社がリソースを投入してきたものを社外に出すということは、大変な交渉を必要とするため、強く粘り強い交渉をする覚悟が必要。
b. タイミングが重要
上記「増補改訂版 起業のエクイティ・ファイナンス」にもある通り、親会社の経営陣体制や経営方針が変わることで、MBOが一気に進む可能性や逆に進まなくなることがある。タイミングを逃さないように、関係者と論点を詰めておく等準備をしておくことが重要。
c. 関係者の利害調整がキモ
MBOのディールには、「経営陣」「親会社」「外部投資家」といった関係者が関与しており、各関係者の利害調整をいかに行うかが、MBOの成否に関わってくる。
「親会社」は今まで一定の資本やリソースを投下してきており、単純に議決権や持分の低下が起こるディールの内容は受け入れ難い。例えば、投下した資本やリソースに対して一定の配慮をしたり、MBOを通してアップサイドが親会社にも見込めることを示せるかが重要。この設計や説明には「経営陣」や「外部投資家」の役割が重要となる。
一方で「外部投資家」としても、自社の投資委員会や決裁を通すにあたり、ディールとしての「うまみ」(投資妙味)があることを示す必要がある。なぜなら、通常のスタートアップ投資と比べて、スキーム構築や関係者の利害調整のサポート等、検討や実施にかかる時間やリソースが過大になるため、それを踏まえてでも実行する意義がなければ、投資の合理性の説明が難しいため。
4. さいごに
ここまで、スタートアップ型MBOについてまとめてきました。
昨今、スイングバイIPO(スタートアップが大企業の傘下に入って顧客基盤や組織体制を整え、上場しさらなる急成長を目指す事業戦略)が話題になっており、実際に事例も増えてきたように思います。
今回取り上げたスタートアップ型MBOは、大企業のグループ傘下から飛び出してスタートアップ的な成長を目指すという意味では、スイングバイIPOとは逆のベクトルの取り組みといえるかもしれません。
ただ、「スイングバイIPO」や「スタートアップ型MBO」のような大企業とスタートアップ間における柔軟な資本の組み替えは、勿論いくつか大事な論点は残りつつも、双方にとって成長可能性や選択肢を広げることに繋がるのではないかと感じています。
日本は歴史的な経緯もあって、大企業に優秀な人材が過去集まってきたと思いますが、その大企業の人材やリソースをフル活用する(大企業の傘下に入る、出る)ことが、今後の日本の成長にも資するのではないかと期待しています。
このスタートアップ型MBOは、我々としては取り組みのまだ途上ということもあり、実際に関係者(経営陣、元の親会社、外部投資家)全員にとって成功するかは、今後投資先の皆様と一緒に頑張って証明していきたいと考えています。
我々としても、スタートアップ型MBOの経験やノウハウ、事例をさらに蓄積していくことで、業界に一層貢献していきたいと思います。
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