週刊isologue(第534号)ベンチャーキャピタルGPの新ストラクチャー(その3)

今週は、CVCや銀行系VC、事業会社などの投資担当者にも、生み出されたキャピタルゲインの一部を還元するインセンティブを導入する必要性があることと、その手法について考えます。


■CVC等のインセンティブの仕組みが求められている

独立系のVCで標準的に使われるようになって来た「LLPをGPにするストラクチャー」は、企業を担当する個人のパートナーの能力を最も引き出す仕組みとして考えたものでした。

一方、この数年でものすごく数が増加したのはCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)です。そしておそらく、それらのほとんどの会社では、
1) その会社(法人)自体がファンドのGPとなっており、
2) ファンドに専念する具体的な「キーマン」が契約で定められておらず、
3) ベンチャー投資に特化したインセンティブ体系も採用されていない
(大きなキャピタルゲインを獲得したとしても、グループ会社に準拠してボーナスが多少上がる程度、等)
なのではないかと想像されます。

投資主体の数が増えるのは喜ばしいことですし、昨今のスタートアップ投資の活況はこれらの新しい投資主体によってもたらされたところが大きいと思います。一方で、ベンチャー投資は5年10年という長い期間で1サイクルを回すため、担当者が数年でローテーションでいなくなってしまうとノウハウが蓄積されませんし、「投資先の企業価値が上がっても担当者に経済的見返りはほとんどなく、投資先が破綻すると怒られるだけ」ということでは、投資先担当者は投資先を、こぢんまりと安定した方向にしか経営させないインセンティブが働いてしまいます。

また、「親会社の意向でいつでも自由に投資事業をやめられる」という性質の資金は、過去の景気後退期を見ても「逃げ足」が早く、日本のスタートアップ生態系にとっては不安定要因となる面がありました。

企業価値向上へのインセンティブが重要

このため、こうしたVC等の投資責任者クラスに、投資先を大きく発展させる方向のインセンティブを導入し、長期的に安定した資金供給主体となっていただくことは非常に重要ではないかと考えています。

米国のVCは、その9割以上が独立系VCで、パートナークラスにはキャピタルゲイン(キャリー)が分配されるインセンティブ構造となっており、これは、スタートアップの創業者が創業者株を持ったり、スタートアップの従業員がストックオプション等を持つのと同様、当然のインセンティブ体系になっています。

これに対して今までの日本のスタートアップのエコシステムは、「金なんか目的じゃないですよ!」「ただスタートアップが好きだからやってます」という人たちに大きく支えられて来ました。それは素晴らしいことですが、一方で世の中は、「いくらやりがいがあるとしても、給料が前職より下がるのは困る」「同じやりがいなら、より報酬が大きい会社で働きたい」という、経済的に当然のことを希望する人が大多数のはずですから、スタートアップが社会にインパクトを与える企業にまで成長したり、スタートアップのエコシステムをGDPに比例した大きさに成長させるためには、そうした普通の人もどんどん巻き込める仕組みが必要です。

実際、下記の平成30年の世界の時価総額上位30社の変化を見ると、「会社に貢献しても(社内で出世はするが)経済的な見返りは小さい」会社が順位を落とし、「企業価値向上へのインセンティブが存在する」会社が台頭したという流れにしか見えなくありませんか?

(出所:週刊ダイヤモンド)

「世の中、金が目的のやつばかりじゃないよ」「金のことばかり考えてる奴は、ろくな奴じゃないよ」というのは確かに心情的な納得感はあるのですが、「だから、企業価値向上に取り組む人々に経済的インセンティブを与える必要はない」というのは、「やりがい搾取」であり、上記のようなマクロ的視点から見ても説得力がないと思います。

実際、スタートアップのように変化が激しく、現場の人しか事情がよくわからない領域のものは、「それに最適な優秀な人」を連れてきて「目標に連動したインセンティブ」を持ってもらって「任せる」というのが、不完備契約理論などの経済学的な観点からも正しい気がします。

■「GPが法人」のまま導入できるインセンティブ体系

最近では、銀行系や事業会社系のVCであっても、投資の責任者クラスにキャピタルゲインが分配される事例が徐々に増えています。そうしたVCさんのご相談には(特に報酬とかもいただかず)多数乗らせていただいており、実際、前掲の「LLP」をGPにしたストラクチャーも採用され始めています。しかしまだ日本では、そうした「投資に特化して、グループの他と大きく異なる報酬・インセンティブ体系を採用する」という流れにはなってきていません。

今回のこのシリーズで取り上げている、「法人をVCファンドのGPにして、かつパススルーなインセンティブを導入する」仕組みは、「外観を法人からLLPに変える」「LLPを登記する」「責任者にも出資させる」といった目立ったことをしないというだけでなく、キャピタルゲインの分配を「ゼロか100か」という二択ではなく、0%から100%の間で各企業の事情に合わせて、なめらかに最適な形で導入できる可能性があるため、従来から法人がGPになっている既存のVCやCVCにも導入しやすいはずです。

実際には、親会社やグループ各方面への根回しや就業規則の改定など、導入はそれなりに大変かもしれませんし、スキーム図もややこしく見えるかもしれません。しかし、先週までもご説明した通り、やることは、基本的には「関係者間の分配方法を定めた組合契約を1つ結ぶだけ」です。

「目の輝き」が変わる

実際、このようにパートナーにキャリーが分配される仕組みを導入した途端、「パートナーの考えの甘さが消えた」「目の輝きが驚くほど変わった」「投資先の企業価値向上を、数倍深く考えるようになった」といったケースは過去、何件も見聞きしております。

もちろん実力ある人なら独立して自分でファンドを作ることも可能だと思いますが、グループからの資金が集めやすいとか、グループの名前を使ってより大きな仕事ができるとか、投資先とのシナジーが期待できるとかの理由から、グループ内に残りたいという人もいらっしゃるでしょう。

そうした様々な状況にも、パラメータの調整で細やかに対応できるのが、このスキームのいいところじゃないかと思います。

CVCと独立系の良好な競争関係

日本経済の最大の課題の一つは、多くの大企業経営者のインセンティブが企業価値を高める方向に向いていないことではないかと思いますが、そこを直接改革しようとしても諸事情によりなかなか難しそうなのはご承知の通りです。

こうした状況の解決には、一つには、そうした企業価値に無頓着な企業が、スタートアップとの戦いに負けて凋落したり、そうした企業から優秀な人材が流出して、より社会的な価値を作りうる企業に移っていくことが大切ではないかと思います。

実際、昨今は、感度と実力の高い人から、スタートアップや独立系VCへ移る動きが起き始めてます。スタートアップや独立系VC側に立った短期的視点としては、優秀な人材を、より楽チンにゲットできる現状の方がありがたいかもしれません。

しかし、このままだと中長期的には事業会社等は、「オープンイノベーションやCVCなんかやっても、結局は優秀な人材が流出するだけで、当社のメリットにはならないな」ということになって、せっかく盛り上がって来たスタートアップ支援やオープンイノベーションの流れに水を差すことにもなりかねないんじゃないかと思っております。やはり、企業価値向上への長期的インセンティブを持った資金供給者がよりたくさん、より多様に存在した方が、より豊かなベンチャー生態系になるんではないでしょうか。

この「法人のまま、キャピタルゲインを担当者に分配する仕組み」は、オープンイノベーションやスタートアップ投資に目覚めた/目覚めかけた企業が、それぞれの事情に応じて、まずはやりやすい程度から、投資のあるべきインセンティブ体系を模索できる仕組みとも言えます。

実際、スタートアップに流れこむ資金は、年間4000億円を上回る勢いになってきてますので、もし担当する人材のインセンティブが高まることにより、リターンが+1倍増加するだけで、数年で兆円単位のインパクトは期待できるはずです。そして、グループ内で非中核事業だと思っていた投資事業から、社長を上回るような報酬をもらう人が出てきたら、上場企業の社長も「やはり企業価値の上昇に見合った報酬が必要だ」というマインドになってくるんじゃないかと思います。つまり、この仕組みは大上段に言えば、日本の経済があるべき状態に転換するための、マクロ的にインパクトのある突破口となりうるのではないかと考えてます。

本稿は、法的・税務的助言を行うことを目的とするものではなく、財務(ファイナンス)的な観点などから、取り上げたテーマの性質を考えるためのものです。文書を実際に解釈したり運用するにあたっては、弁護士・税理士等の専門家の意見を参考にしてください。

以下の目次とキーワード

VC会社が既にGPであるファンドへの導入案
「一気に」分配割合を変更する場合
「徐々に」分配割合を変更する場合
新設ファンドへの導入案
直接株式投資(プリンシパル投資)にも応用可能

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